
音は、触れることができる。
そう感じた瞬間が、この楽曲の出発点でした。
今日は2024年リリースの、てつじん (Tetsujin) 名義でのアルバム「No More Tears」に収録された「Yesterday」の分析をします。
1. Aメロ(Ab minor)→ Bメロ(Gb minor)
「全音下への転調」です。
- Ab minor(フラット7つ分、あるいは G# minor相当)から、Gb minor(異名同音で F# minor相当)への移行。
- この全音下の移動は、楽曲に「重心が一段下がる」「より内省的な領域へ、ゆっくりと沈んでいく」といった効果を与えます。Aメロで提示した世界観が、Bメロでさらに深いところへ沈み込んでいくような物語性が感じられます。
2. Bメロ(Gb minor)→ サビ(B minor)
「完全4度上(または5度下)への転調」です。
- Gb minorを F# minorとして捉えると、サビの B minorは「i → iv」の関係になります。
- Bメロで沈み込んだエネルギーが、サビで B minor(シャープ2つの世界)へと静かに蓄積されたエネルギーが、ここで一気に解放されます。Gb minorという非常にフラットの多い(重い)響きから、比較的オープンな響きの B minorへ移行することで、サビでの「切実さ」や「力強さ」が際立つ設計ですね。
全体を通した印象
楽譜上の表記としては非常にフラットが多くなりますが、響きの面では「徐々にシャープが増えていく(=明るさや緊張感が増す)」方向へ進み、感情の輪郭が少しずつ露わになっていくプロセスでもあります。
タイトルどおり、過去を振り返りながら(A・Bメロ)、サビでその感情が溢れ出すようなドラマチックな楽曲構造になっています。
Yesterday / てつじん (Tetsujin)
第1章:音の質感(細胞)
Spectral / MFCC / RMS / ZCR
私の楽曲「Yesterday」の音響設計において、「鋭さ」ではなく「温かみのある調和」を追求しました。音が「主張する」のではなく、静かに「触れてくる」ように設計されています。耳を包み込むような質感を持ちながら、その実、内部では極めて緻密なエネルギー管理が行われています。
■ 音響特性サマリー
音の「手触り」を決定づける微細な成分の分析結果は以下の通りです。
| 指標 | 数値 | 音楽的・データ的解釈 |
| Spectral Rolloff | ≈ 2,796 Hz | エネルギーの85%が2.8 kHz以下に集中。耳を疲れさせる高域を抑え、楽曲の情緒を支える「温かみ」と「中音域の密度」を最優先した設計。 |
| Spectral Bandwidth | ≈ 1,555 Hz | 音の広がり。過度な拡散を避け、センターに一本芯の通ったフォーカス感を実現。聴き手がメロディに没入するための「親密な距離感」を創出。 |
| Spectral Centroid | ≈ 1,313 Hz | 音の「明るさ」の重心。落ち着いたトーンの中に、人の声の温かみや楽器の豊かな倍音成分が心地よく配置されていることを示す。 |
| Spectral Flatness | 26.58 | 音の複雑さ。適度な「揺らぎ」と「充実感」を併せ持ち、整理されつつも、有機的な生命感を感じさせるレイヤー構造が構築されている。 |
| Spectral Contrast (Band 5) | 54.02 | 4 kHz周辺の圧倒的なメリハリ。中低域の温かさとは対照的に、アタックや空気感のディテールが「隠れた輝き」として存在するための数学的根拠。 |
| MFCC Mean 2 | 112.76 | 音色の骨格。楽曲の「ボディ」となるふくよかな響きを証明しており、現代的なタイトさと伝統的な豊かさが同居する。 |
| Zero Crossing Rate | 0.070 | 波形のクリーンさ。極限までノイズを排除し、一音一音の純度を極めることで、複数の和声が重なっても音が濁らない「透明な重厚さ」を実現。 |
このクリーンさは、静止した美ではありません。時間の中で微細に揺れ続ける「調和のプロセス」です。時間軸上では微細な振動が連続し、その一つひとつが「調和」という目的地に向かって収束していくプロセスを可視化したものです。



■ エネルギーとダイナミクス
楽曲の推進力は適度なリズムが担っていますが、作品の本質である「感動」の正体は、重厚なコードワークやパッドなどの持続音(Harmonic成分)にあります。
RMS_Harmonic_Mean (0.201) > RMS_Percussive_Mean (0.054)
この約4倍という圧倒的な数値差は、打撃の瞬間的な刺激よりも、その後に続く響きの「深み」と「余韻」に重点を置いた設計思想を明確に反映しています。


第2章:調性の骨格(骨)
Key Strength / Stability / Tonal Geometry
楽曲の骨組みとなる「調性」において、本作は、Ab m から B m へと至る遷移において、円環的な安定ではなく、わずかに「軸をずらしながら進む」ような感覚を生み出す極めて情緒的で幾何学的な遷移を展開します。
■ 楽曲のキー・ハーモニー(Chroma Features)
クロマベクトルは、主調としての B (B Major/minor) の支配力と、それを支える F# の強固な骨組みを浮き彫りにします。
| Index | 音名 | 平均強度 (Mean) | 音楽的役割と解釈 |
| Chroma 12 | B | 0.478 | 主音 (Root): 楽曲の全細胞を束ねる、絶対的な核。サビで解放される感情の終着点。 |
| Chroma 7 | F# | 0.433 | 属音 (Dominant): 構造を垂直に支える柱。B m と Ab m の間を繋ぎ、安定感を与える。 |
| Chroma 9 | G# / Ab | 0.290 | Aメロの核: 哀愁を帯びた物語の始まり。主調への渇望を生む源泉。 |
| Chroma 11 | A# / Bb | 0.288 | 導音的な役割。調性の境界線上を揺れ動き、リスナーに緊張感を与える。 |
| Chroma 8 | G / Gb | 0.281 | Bメロの色彩: Gb m の主音として、一時的に楽曲を深い内省へと誘う。 |


■ Tonnetz(トネッツ)に見る「情緒の背骨」
Tonnetz_5 と Key_Min_B の負の相関:-0.224
この負の相関は、サビの B minor という調性が、トネッツ空間(和声の幾何学空間)において単純な安定に留まらず、あえて既存の構造から「逸脱」しようとするエネルギーを持っています。
安定を拒むのではなく、「安定の中で揺らぐこと」を選んだ動きと言えるでしょう。聴き手が感じる「胸を締め付けられるような感覚」は、この数学的な揺らぎによって意図的に生み出されています。

第3章:物語の時間軸(物語)
Section Structure / Synchronicity / Harmonic Density
■ リズムと静寂
- 検出Tempo:104.17 BPM
- Onset_Percussive (2.16) > Onset_Harmonic (1.07)
ミディアムテンポの中、リズムの立ち上がりを和声変化よりも鋭く設計しました。先に述べた、RMSでは和声が勝るため、「耳には優しく、しかし鼓動は確かに打っている」という独自のドライブ感を生んでいます。

■ 物理的衝撃と和声的色彩の独立性
本作のオンセットとハーモニックチェンジの相関係数は 0.003。
これは両者が完全に独立して機能していることを意味します。「リズム隊は一定のビートを刻み続け(不変)」、「その上で和声が自由に、かつ大胆に色彩を変えていく(可変)」という、極めて高度なレイヤー分離がなされています。偶然ではなく、設計です。

■ 楽曲の構造的タイムライン分析
可視化されたスペクトログラムとセクション境界は、楽曲の緻密なビルドアップを物語っています。
| Section | StartTime(s) | Key | KeyStrength | HarmonicDensity |
| 2 (Aメロ) | 0.00 | G# 4 minor | 0.950 | 3.52 |
| 0 (Bメロ) | 7.29 | F# 4 Major | 0.866 | 3.01 |
| 1 (サビ) | 9.58 | B 4 Major | 0.909 | 3.65 |
平均和声密度は約 3.5。1秒間に約3~4回の変化が起きるこの速度は、人間の呼吸や歩行に近く、リスナーに「安心感を与えながら、徐々に深い自己回帰へと誘う」速度設定です。

第4章:音のDNA(音響指紋)
MFCC / Spectral Flatness / Texture Analysis
「Yesterday」という個性を形作るDNAは、以下の3要素に集約されます。
- 「慈愛の解像度」: Spectral Contrast の高さと Spectral Centroid の低さが示す、温かさと鮮明さの共存。
- 「三位一体の調性」: Ab m、Gb m、B m という3つの極を、0.9以上の高い強度で結びつけた、情緒的な三次元構造。
- 「独立した鼓動」: オンセットと和声変化を分離(相関 0.003)させることで得られた、安定したリズムと流動的なメロディの完璧な分離。



■ 作家としての精神
私の制作プロセスは、「構造は極めて論理的(数学的独立性)」でありながら、「質感はどこまでも情緒的(スペクトル設計)」という、一見矛盾する要素の統合として現れています。
揺るぎない「静」の空間を構築し、そこへ切なさという「動」の粒子を緻密に配置した、私の音楽哲学を証明する一曲です。
過去への追憶でありながら、データという不変の真理として今、ここに再構築されています。
「Yesterday」という鏡を通して、私たちは過ぎ去った時間が、いかにして現在の体験へと昇華されるのかを目撃します。静寂を守りながら、その静寂の中にこそ、最も激しい感情の揺らぎが秘められているのです。
Akihito Kimura