今日は、2012年にてつじん (Tetsujin) 名義でリリースしたアルバム「Fantasia 1」の1曲目「Call Of Nature」について見ていきます。
「なぜ、この曲はどこへも連れて行ってくれないのに、これほどまでに耳が離せないのか?」
その答えは、楽譜の中ではなく、周波数の統計データの中に隠されていました。
この楽曲は、和声を時間方向に拡散させながらも、明確な「重力の中心」と「明滅するコントラスト」を併せ持つ二層構造になっています。
音響データを通して見ると「進行」ではなく「場」として設計された音楽と言えそうです。
この分析は、単なるスペクトル値の解説ではありません。数値は「音の設計図」であり、聴感と作曲意図を裏側から照らすための観測データです。
聴き手が感じる「得体の知れない浮遊感」の正体を解明するために、音響指標を手がかりに、どのようにして「場」としての音楽を構築しているのかを読み解きます。
深淵から立ち上がる中域の密度 – 重心と広がり
Spectral Centroid (重心): 約 1,394Hz

- これは低域に根ざしながら、中域に明確な存在感を持つ重心を示しています。完全な低域の唸りではなく、「質量を持った響き」が中音域に浮上している状態です。一般的なポップスの基準(2kHz~)よりは低く、明るさの重心が低いため、楽曲全体は落ち着いた、土着的な質感を保ちます。
Spectral Rolloff (高域端): 約 2,962Hz

- 高域のエネルギーは3kHz付近まで拡張されていますが過度に強調されず、十分な空気感と粒立ちを確保しています。これにより、低域の重さと高域の微細な輝きが共存する、立体的なスペクトル構造が形成されます。
結果として、この楽曲は低域の安定と中域の存在感を持つ「重心のある空間」として知覚されます。
低く根を張った響きが、中域に質量を宿し、音の空間に静かな重みを与える。
静謐な海と急峻な断崖の共存 – 動態とエネルギー
楽曲の動態を決定づける数値群は、この「場」が単なる平穏な空間ではないことを物語っています。
Zero Crossing Rate (ゼロ交差率): 約 0.081

- この数値は依然として低く、楽曲の基礎が「ノイズ」ではなく「持続的なトーン」や「波形のうねり」で構成されていることを示します。
Spectral Flatness (平坦度): 約 26.8

- 特定の周波数にエネルギーが収束しすぎることなく、スペクトル全体に「情報の粒」が分散されている状態です。
Tempo (テンポ): 約 110.3 BPM
- ミッドテンポの安定した歩調です。
RMS (音圧/エネルギー): 平均 0.089

- 積極的な音響の「押し」があり、音の粒子がより高密度に充填されていることが分かります。
RMS Harmonic: ≈ 0.073
RMS Percussive: ≈ 0.028

- ハーモニックとパーカッシブのエネルギーが分離し、基盤は完全に持続トーンによる支配です。ここに瞬間的なトランジェントが刺さり、「静かな面」+「局所的爆発」というコントラストが生まれます。
Onset Strength (アタックの強さ):

- Percussive_Std (3.16) が Mean (2.38) を大きく上回っています。この Std > Mean という関係は、「規則的な打点」ではなく突発的なトランジェントの群れが組み込まれていることを意味します。
通常のビート音楽では「規則的な打点」により平均値が安定しますが、この逆転現象は、予測不能なタイミングで鋭い音が突き刺さる「非定常な緊張感」が数学的に証明されていることを意味します。
以上より、この曲は持続する静止面の上に、予測不能な瞬間エネルギーが差し込まれる構造であると言えます。
静けさの海に、予期せぬ衝撃が波紋のように差し込み、緊張が生まれる。
中心を持つ拡散場 – 音色と和声
「12音が平均的に現れる海」と、明確な「アトラクタ(引き込み子)」

- 最大:0.58 / 0.54 付近(G音・D音)
- 他もすべて ≈ 0.2
| 音名 (Note) | 平均強度 (Chroma_Mean) | 状態の解釈 |
| C | 0.3946 | 拡散された色彩 |
| C# / Db | 0.2862 | 背景の霧 |
| D | 0.5390 | 第2ピーク(完全五度の骨格) |
| D# / Eb | 0.3999 | 拡散された色彩 |
| E | 0.2100 | 最小値 |
| F | 0.2715 | 背景の霧 |
| F# / Gb | 0.2892 | 背景の霧 |
| G | 0.5835 | 最大ピーク(主軸のアトラクタ) |
| G# / Ab | 0.3093 | 背景の霧 |
| A | 0.2926 | 背景の霧 |
| A# / Bb | 0.3830 | 拡散された色彩 |
| B | 0.2405 | 背景の霧 |
G (0.58) と D (0.53) が明確に突出しています。
- クロマ分布は12音が広く存在する中で、G (0.58) と D (0.53) が明確なピークを持ちます。これは、強いアトラクタを持つ広帯域和声場であり、持続するG-Dのシンセパッドが骨格を固定しつつ、他の音が統計的に漂っていることを意味します。これは広帯域の和声場に、幽かに立ち上がる重力中心が存在する状態です。
和声は均等に拡散しながらも重力中心を保ち、浮遊と安定が同時に成立しています。
音色(MFCC)による質感の統制

MFCC 第2係数: 109.98
- 高い値は、スペクトルが低域に向けて強く傾斜していることを示し、楽曲の「土台の太さ」を保証しています。
MFCCの安定性:
- MFCC_Std が第1~3係数(90~40)で大きく変動し、第6係数以降で急速に収束・安定しています。これは、低域の変動と中高域の安定を示しています。質量感を揺らしながら、音色の輪郭を制御する設計です。
低域の揺らぎと中高域の安定が共存し、質量感と輪郭が同時に制御されています。
音は散らばりながらも見えない中心へ引き寄せられ、浮遊と帰属の間で揺蕩う。
では、これらの数値がどのような「景色」を形作っているのかを見ていきましょう。
G–D骨格 – 機能を保留した空間・質量・運動の三層設計
基軸:key of Cマイナー
持続:G音 + D音
基盤層 – 重力を作るシンセパッド(G-D)
これは和声というより、聴覚の「座標軸」を固定する役割です。
人間の脳は持続音を「空間」として認識します。G–Dの完全五度が鳴り続けるだけで、「ここが中心だ」という重力が無意識に生まれます。
和声的にはGドミナントのM3とm7の省略ですが、これらを抜いた瞬間、機能が確定しなくなります。聴覚レベルではメジャーにもマイナーにも決められず、緊張が固定されません。
結果として脳は「ドミナントっぽいが、確信できない」という状態になります。
ここにCマイナー調性の音符が乗ると、Cマイナーの属和音の骨格とGトニックのパワーコード的安定が同時に成立することになります。
通常、増4度または減5度音程のトライトーンを内包するドミナントは「解決」への圧力を持っています。ですが、ここでは、方向性だけを残し、命令をしない状態になります。緊張はあるが引力は曖昧という状態です。
例えるなら、目的地(解決)を指し示しているのに、そこへ行くための扉が閉ざされているような焦燥感が浮遊する感覚になります。
つまり、機能を保留した骨格の上で、空間・質量・運動が分離しながら共存しています。
質量層 – 歪んだギター
強く歪ませたギターは単なるメロディではなく、ノイズの壁が物理的な圧力として鼓膜を叩くようなスペクトルの塊として機能します。
「歪み=倍音の爆発」なので、「密度」「粒感」「瞬間アタック」が一気に増えます。これが、高いコントラスト、パーカッシブな揺れの正体です。
歪みによる倍音密度が、音を旋律ではなく物理的な圧力として知覚させます。
運動層 – メインの音符群
完全五度音程は和声の意味を一旦外し、運動だけを残す「力学」への変換装置になります。
この楽曲におけるシンセパッドの持続は、この発想の拡張版で、ドミナントの骨格だけを固定しながらも性格を与えず空間だけ成立させています。
その結果、機能は「影」の存在になり音響が主役になります。そして、和声の意味を一時停止することで、音は進行ではなく運動として体験されます。
- 基盤層は持続パッドによる重力の固定。
- 質量層は歪んだ倍音による密度とアタック。
- 運動層は重力に縛られない音符の流れ。
つまり、私が意図したのは、和声を意味から切り離し、物理に戻すということです。
以上より、典型的な機能和声の時間進行とは真逆の、重力に従わない物体が自由に漂う「場」の中で動く音として知覚されます。
機能を手放した骨格の上で、音は意味ではなく運動として空間を横切っていく。
余談ですが、クラシックの対位法では、個々の声部を守る思想から五度並行は禁忌とされていました。ですが、現代の音響思考では逆に、「塊=質量=テクスチャ」として武器になります。この曲に限らず、私の楽曲全てはここを震源に理論を拡張しています。
中心を持った流動場としての「確率場」
「Call Of Nature」は、単なる楽曲ではなく、以下の物理的プロセスを記録したものです。
垂直的秩序の解体:
- 和声は時間上に散布され、聴覚には「残像」として蓄積されます。調性感は存在するが、進行は固定されない。この状態が、楽曲の持続的な浮遊感を支えています。
水平的拡散:
- 粒子化された和声を時間軸上に散布し、聴き手の脳内に「和音の残像」としてのスペクトルを形成します。
擬似定常状態の構築:
- 微視的にはスペクトルは激しく変動しますが、巨視的には一つの面として安定します。これは粒子的な破壊と統計的な均衡の共存です。
| 層 | 役割 | 音響的特徴 | 物理的解釈 |
| 基盤層 | 座標軸(重力) | G–D 持続パッド(3rd省略) | 解決を拒絶する「不変の空間」 |
| 質量層 | テクスチャ(密度) | 歪んだギター、倍音の爆発 | スペクトルコントラストを生成する「質量」 |
| 運動層 | 流動(時間) | 確率的に散布される音符群 | 構造に従わず漂う「自由な粒子」 |
この楽曲は「調性の重力に抗いながら、なおも海へと還ろうとする運動」そのものを描いていると言えます。
また、持続トーンの上に微細な振幅変動とスペクトル変化を重ね、不均一な瞬間アタックを発生させるトランジェントの確率的生成であり、物理的テクスチャで時間を彫っていると言えるでしょう。
「調性感はあるのに、進行を読めない」
「Call Of Nature」における私の試みは、西洋音楽が積み上げてきた「機能和声」という名の束縛から音を解放し、再び物理的な「現象」へと戻す行為です。
そうするために、重力を持つ空間を先に作ります。そして、その内部で音を確率的に運動させることで、時間は進行ではなく「場の変化」として知覚されます。
この楽曲は、機能和声から解放された音を「存在する場」として彫刻する試みであると言えそうです。数値が示すのは、その現象の輪郭に他なりません。
Akihito Kimura