音は単に鼓膜を揺らす物理現象ではありません。
それは脳によって解釈され、再構築される「認識」の集積です。

そして時に、その認識は現実よりも強く、深く、身体を支配します。

今日は、データサイエンス的アプローチによって私の楽曲「Fractal Moon」を解剖し、そのミクロな細胞からマクロな物語構造までを可視化していきます。これは、音楽という主観的な体験を、客観的な数値の連なりとして読み解く試みです。


第1章:音の質感(細胞)

Spectral / MFCC / RMS / ZCR

「Fractal Moon」の音響設計において、私は「鋭さ」ではなく「解像度」を追求しました。一音一音が空間を切り裂くような感覚は、緻密に計算された周波数分布とエネルギー管理によって生み出されています。

■ 音響特性サマリー

音の「手触り」を決定づける微細な成分の分析結果は以下の通りです。

指標数値音楽的・データ的解釈
Spectral Rolloff≈ 4,805 Hzエネルギーの 85% が 4.8 kHz以下に集中。耳を疲れさせる不要な高域ノイズを排し、音楽的な「芯」と「空気感」を峻別した設計。
Spectral Bandwidth≈ 2,193 Hz音の広がりを示す。単線的で細い音ではなく、非常にリッチで厚みのある音響テクスチャが空間を横方向に埋め尽くしている。
Spectral Centroid≈ 2,092 Hz音の「明るさ」の重心。クリスタルで透明感のある高域が特徴。耳に刺さる一歩手前の、極めて鮮明で知的な響きを維持している。
Spectral Flatness24.89音の複雑さ。全帯域にわたってエネルギーが充填されており、隙間のない洗練されたレイヤー構造が構築されていることを示す。
Spectral Contrast (Band 5)52.824 kHz周辺の圧倒的なメリハリ。鋭いシンセのスタッカートが、リバーブに埋もれることなく「点」として存在するための数学的根拠。
MFCC Mean 272.48音色の骨格。重厚な低域の土台を維持しつつ、中高域のディテールを際立たせる「現代的でタイト」なバランスを証明している。
Zero Crossing Rate0.096波形のクリーンさ。過度な歪みを排除し、一音一音の純度を高めることで、複雑なアレンジでも音が濁らない工夫がなされている。

このクリーンさは静的な美しさではありません。
時間軸上で見れば、各音は極めて短い単位で「発生→消失」を繰り返しており、その連続が結果として「静謐」に知覚されているに過ぎません。

■ エネルギーとダイナミクス

楽曲の推進力(ドライブ感)は鋭いリズム(Percussive成分)が担っていますが、聴き手が圧倒されるような「音の壁」の正体は、重厚なコードワークやパッドなどの持続音(Harmonic成分)にあります。

RMS_Harmonic_Mean (0.156) > RMS_Percussive_Mean (0.042)

  • この数値差は、打撃の瞬間よりも、その後に続く響きの「密度」に重点を置いた設計思想を反映しています。

■ リスニング・ガイド(知覚の焦点)

この楽曲を聴く際は、まず 4 kHz付近のアタックに意識を向けてください。キックやハイハットの「輪郭」が、通常よりも明確な「点」として知覚されるはずです。その後、意識を低域へと移すと、全体を支える安定した「床」の存在に気づくでしょう。この「点(鋭利な高域)」と「面(重厚な低域)」の二重構造こそが、本作における空間認識の核であり、リスナーを深い没入へと導く入り口となります。


第2章:調性の骨格(骨)

Key Strength / Stability / Tonal Geometry

楽曲の骨組みとなる「調性」において、本作は冷徹なまでの安定度を保ちながら、その内部で幾何学的な美しさを展開します。

■ 楽曲のキー・ハーモニー(Chroma Features)

クロマベクトル(音階ごとの強度)は、主調としての F# の絶対的な支配力と、それを彩る上部構造の豊かさを浮き彫りにします。

音階Index音名平均強度 (Mean)音楽的役割と解釈
Chroma 7F#
0.721
主音 (Root): 楽曲の全細胞を束ねる絶対的な核。
Chroma 5E0.646短7度: モーダルな響きを与え、宇宙的な浮遊感を演出する。
Chroma 6F0.588経過音。F#m の隣接音として、微細な緊張感と陰影を付与。
Chroma 8G0.545装飾的な色彩。楽曲に生命的な揺らぎを与える。
Chroma 9G#0.5042度音: 叙情的な展開と、知的なアクセントを形成。
Chroma 2C#0.4485度音: 構造を垂直に支える強固な属音。
Chroma 10A0.412短3度: 哀愁と冷徹さが同居するマイナーキーの色彩。

■ グローバルキー分析:多層的な共鳴

特定のキーが突出するのではなく、上位の推定キーが極めて高い強度で拮抗しています。これは、単一のコード進行を超えた「多層的なモード」が楽曲全体に共鳴していることを示しています。

推定Key強度解釈
E minor0.913楽曲に潜むもう一つの「影」の調性。
D# minor0.908緊張感を極限まで高める異質な共鳴。
F# minor0.905本作の精神的支柱となる主調。
C# minor0.899F# を支える属調。広がりと奥行きを担保する。

■ Tonnetz(トネッツ)に見る「数学的な背骨」

Tonnetz_5 と Key_Min_F# の相関:0.919

  • この驚異的な相関値は、F# マイナーという調性が、トネッツ空間(和声の幾何学空間)内の「長三度」の軸(A-C# の距離)に数学的に完全に裏打ちされていることを示します。聴き手が感じる「迷いのない響き」は、この数学的な純度によって保証されていると言えるでしょう。

■ 時間的な特異点(音響崩壊)

終盤、300 秒付近から F# minor の強度が急落し、トネッツ空間のベクトルが乱高下を始めます。これは単なるフェードアウトではありません。それまで維持されていた「秩序(F# minor)」という仮構が、時間の経過とともに解体されていくプロセスです。

トネッツ空間の乱れは、和声的な混乱ではなく、音が再び「関係性を持たない粒子」へと戻っていく過程を示しています。それは、音楽が構造である以前に、ただの物理現象であったことを思い出させる「静かなる崩壊」の瞬間です。


第3章:物語の時間軸(物語)

Section Structure / Synchronicity / Harmonic Density

■ リズムと勢い

検出Tempo:133.93 BPM

Onset_Percussive (2.43) > Onset_Harmonic (1.36)

  • 心拍数を上回る疾走感の中、リズムの立ち上がりを和声変化よりも鋭く設計することで、聴覚にダイレクトな刺激を送り続けます。

■ 物理的衝撃と和声的色彩の二面性

本作のオンセット(音の立ち上がり)とハーモニックチェンジ(和声的変化)の分析結果は、極めて興味深い「非相関」を示しています。

相関係数: -0.103 (または計算値 -0.014

  • これは「リズムの強さ」と「音の色彩変化」が必ずしも比例していないことを意味します。「強く打つが音程は変えない(リズム隊)」と「優しく弾くが音程は激しく変える(アルペジオ)」という、役割の異なる楽器レイヤーが明確に分離して共存している証左です。

■ 「縦の線」の完璧な一致と独立性

グラフ(Onset vs Harmonic Change)を確認すると、興味深い現象が読み取れます。

同期の分析(Synchronicity)

  • 多くのポイントで、青い線(オンセット)とオレンジの線(ハーモニックチェンジ)のピークが完璧に一致しています。これはドラムの打撃と同時にコードが切り替わっていることを示し、リズムは身体に、和声は意識に、同時に作用するタイトな構成を意味します。

独立したリズム

  • 一方で、和声変化を伴わない鋭いオンセットのピークも多数存在します。これらは、グリッドを埋めるハイハットや装飾的なパーカッションであり、楽曲に多層的な奥行きを与えています。

■ 楽曲の構造的タイムライン分析

セクションごとの和声密度と強度の推移は、楽曲がどのようにしてリスナーを没入させるかを物語っています。

SectionStartTime(s)EndTime(s)Duration(s)KeyKeyStrengthHarmonicDensity
30.0036.1536.15F#4 Major0.7682.35
636.1536.600.45F#4 minor0.8894.46
336.6045.248.64F#4 Major0.7682.35
545.2446.140.91D4 Major0.8913.37
246.1447.050.91E4 Major0.8853.92

平均和声密度(Harmonic Density)は約 5、最大値は 6.58。これは 1 秒間に約 5 〜 6 回の微細な変化が起きていることを意味します。人間の知覚が「変化」として明確に追跡できる限界値に近いこの速度設定により、リスナーは「理解する前に感じる」ことを余儀なくされます。結果として、脳の同調(Entrainment)が起こり、トランス的な没入状態へと誘われるのです。

■ セクション遷移時の類似度(Simデータ)

遷移 (Transition)共通音率 (Similarity)構造的解釈
S3 → S60.867明から暗へ。質感を変えずに感情の深度を深める移行。
S3 → S50.573特異点: 全編を通じてもっとも低い類似度。構造的な断絶、あるいは「rift(裂け目)」の出現。単なる変化ではなく、連続していた時間が一度断ち切られる「位相の断絶点」です。
S5 → S20.782新たな色彩への再構築。
S0 → S10.958終焉へ向けた極めて高い連続性。一筋の光が消えていくような推移。

この状態では、リスナーはリズムを「聴く」のではなく、ほぼ無意識のうちに「同期」します。
足先や呼吸、あるいは視線の微細な揺れまでもが、音の周期に引き寄せられていきます。


「Fractal Moon」は、分析可能な構造を持ちながら、同時にそれを超えて知覚へと侵入する。

第4章:音のDNA(音響指紋)

MFCC / Spectral Flatness / Texture Analysis

「Fractal Moon」という個性を形作るDNAは、以下の3要素に集約されます。

  1. 「超・解像度」: Spectral Contrast の異常な高さが示す、一音一音の顕著な「立ち上がり」と「消え際」の美学。
  2. 「数学的エレガンス」: トネッツ空間と調性が 0.9 以上の相関で結ばれた、迷いのない幾何学的秩序。
  3. 「重厚な透明感」: MFCCプロファイルが証明する、腰の据わった低域と、クリアに透き通った高域の完璧な共存。

■ 構造と知覚の境界装置

この楽曲は、構造と知覚の境界を往復する装置です。完全に制御された幾何学的秩序と、それを超えていく知覚の流動性。この両者が激しく拮抗することで、音は単なる情報の羅列ではなく、「体験そのもの」へと変質します。

■ 作家としての精神

私の制作プロセスは、データ上でも「構造はストイックなまでに数学的」でありながら、「質感は極めて有機的」という唯一無二のバランスとして現れています。

揺るぎない精神的支柱(低域・調性)を持ちながら、その上で火花が散るような鋭い知性(高域・リズム)が踊っている。

134 BPMの疾走感の中で、不動の空間を構築し、そこへ鋭利な音の粒子を緻密に配置した、
Akihito Kimura の音楽哲学を数学的に証明する一曲です。

それが音楽なのか、それとも認識の副産物なのか。
その境界は、もはや判別できません。


「Fractal Moon」という鏡を通して、私たちは音の背後にある数学的真理と、それを解釈する脳の神秘に触れます。データは嘘をつきませんが、そのデータをどう「体験」として昇華させるかは、作家の居合のような一閃にかかっています。

この分析を読んだ後に再び楽曲を聴くとき、リスナーの皆さまの脳内では以前とは異なるシナプスが結合し、より解像度の高い「月」が浮かび上がることでしょう。