深い霧が晴れ、地平線から光が差し込む瞬間の空の微熱を音で目撃したことはありますか?今日取り上げるAkihito Kimura (木村哲人) / End To Begin -version classic- は、タイトルの通り「終わり」を包み込み、そこから瑞々しい「始まり」が芽吹いていくような、強さと気品を纏った楽曲です。
オリジナルとは異なるオーケストラ編成という対話の中で、この曲はどのような呼吸をしているのか?その「音の骨格」をデータから紐解くと、そこには緻密に計算されたダイナミクスと、光に満ちたスペクトルが広がっていました。
以下では、この楽曲が持つ音量構造・スペクトル特徴・テクスチャの変動を、データに基づいて可視化しながら解説していきます。
ダイナミクス構造 – 旋律が呼吸し、空間を支配するエネルギー設計

RMS_Harmonic_Mean:0.1526 dB
(倍音成分:和声・ストリングス等の平均音量)
RMS_Percussive_Mean:0.0177 dB
(打楽器成分:リズムの平均音量)

RMS_All_Mean:0.0984 dB
(全体の平均音量)
倍音成分(ハーモニック)がパーカッシブ成分の約8.6倍という圧倒的な数値を示しています。これはリズムで駆動する音楽ではなく、弦楽器や管楽器の重なり、つまり「旋律のうねり」そのものが楽曲の心臓部であることを証明しています。
RMS(Std:変動)が示す「感情の起伏」
RMS_All_Std:0.0815 dB
全体の平均音量(0.0984dB)に対し、変動幅が非常に大きく取られています。これは、静謐なピアニッシモから、オーケストラが総奏(トゥッティ)で鳴り響くフォルテッシモまで、極めて広いダイナミクスレンジを持っていることを意味します。この「揺らぎ」こそが、聴き手の心を震わせるドラマチックな展開の正体です。
これらの数値は、単なる音量の話ではありません。どこで息を吸い、どこで世界が開くのか。
その設計図です。
スペクトル特徴 – 陽光のような明るさと、洗練された透明感
音色の明るさや質感を決定づけるスペクトルデータには、このオーケストラ・バージョンの「透明度」が如実に表れています。

Centroid Mean:1673.7 Hz
音色の明るさを示す指標。クラシック編成としては高めの数値で、ストリングスの高域や木管楽器の倍音が美しく抜けてくる、開放感のあるサウンドを示唆します。

Bandwidth Mean:1712.9 Hz
帯域の広さ。多層的な楽器群がそれぞれの帯域を埋め、豊かな響きを作っています。

Zero Crossing Rate (ZCR) Mean:0.0826
非常に低い値です。ノイズ成分を排し、楽器固有のピッチ(音程)が純粋に、かつ滑らかに響いていることを表しています。
スペクトル変動が示す「色彩の変化」
Centroid Std:781.0 Hz
明るさの変動が極めて大きいのが特徴です。一曲の中で、深い低音の沈み込みから、天に突き抜けるような高音への転換が鮮やかに行われており、音の色調が刻一刻と変化していく様子が見て取れます。
MFCC & Chroma 解析 – 緻密なテクスチャと調和する和声
MFCC – 音色テクスチャの「重厚な揺らぎ」

音の質感(テクスチャ)を捉えるMFCCにおいても、第一係数の変動値(Std)が137.9と非常に高く、エネルギーの密度が劇的に変化しています。単なる平坦な伴奏ではなく、一音一音の「手触り」を変化させながら物語を紡いでいく、オーケストラならではの表現力が数値化されています。
Chroma(和声)解析 – 豊かな倍音と安定した響き

Chromaのデータを見ると、特定の音に偏りすぎることなく、12音すべてが一定のエネルギーを持って共存しています(Mean 0.076 ~ 0.103)。これは、豊かな倍音を持つ楽器群が重なり合うことで、和声的に非常にふくよかで、厚みのある響きを実現していることを示しています。
終わりから始まりへ、昇華される音のドラマ
すべてのデータを統合すると、「End To Begin -version classic-」には以下の輪郭が浮かび上がります。
楽曲の質感とエネルギー
この楽曲は、オーケストラ編成らしいダイナミクスの幅と、透明感のある響きが特徴として表れています。
- 音の広がりと明るさ: Spectral Centroid(音響重心)が約1,673Hz、Spectral Rolloff(高域の減衰点)が約3,418Hzとなっており、オーケストラ曲としては高域までバランスよく音が伸びています。これは、ストリングスの高音域や管楽器の倍音が美しく響いていることを示唆しています。
- パーカッシブ成分の控えめさ: RMS(音量)のデータを見ると、Harmonic(旋律成分)がPercussive(打楽器成分)を大きく上回っています。リズム楽器でぐいぐい引っ張るよりも、メロディやハーモニーの重なりを重視した、情緒的な構成であることが推測されます。
リズムと時間的な動き
- テンポ: データ上の算出テンポは約117.45 BPMです。歩く速さより少し速い、心地よい推進力のあるテンポ感です。
- 音の立ち上がり(Onset): Onset(音の出だし)の平均値が控えめであることから、音が「点」で鳴るのではなく、オーケストラ特有の「線」で繋がるような、滑らかな演奏(レガート)が主体であると言えます。
音色(MFCC・クロマ)の分析
MFCC(メル周波数ケプストラム係数)やクロマ特徴量は、音の「顔つき」や「和音感」を示します。
- 音色の複雑性: Spectral Contrast(音の明暗の対比)の数値から、低い帯域と高い帯域でくっきりとしたコントラストがあります。これは、重厚な低音(チェロやコントラバス)と、華やかな高音(バイオリンやフルート)が共存している、オーケストラらしいリッチなテクスチャを裏付けています。
- 安定した響き: Chroma(12音階の成分)の標準偏差(Std)が比較的落ち着いています。これは、楽曲全体を通して調性(キー)が安定しており、聴き手に安心感を与える構成であることを示しています。
- 圧倒的な旋律主導の構造(ハーモニック成分の支配)
- 広大なダイナミクスレンジ(音量・音色の劇的な揺らぎ)
- 濁りのない、光り輝くような高域の美しさ(高いCentroidと低いZCR)
このデータから読み取れるのは、「繊細なメロディラインを軸に、豊かな倍音とダイナミクスを持った、壮大かつ洗練されたオーケストラ作品」という姿です。特に高域の透明感と、低域のどっしりとしたコントラストが、楽曲のドラマチックな展開を支えています。
「劇的な変動」と「滑らかな質感」の共存は、過去を昇華し、未来へと力強く踏み出す意志そのものです。
静寂から始まり、やがて世界を塗り替えていくような圧倒的な音の奔流。「End To Begin」という物語は、オーケストラという翼を得て、より高く、より深い場所へと私たちを誘ってくれます。
Akihito Kimura