地平線を目指して踏み出す、その一歩の力強さを音で感じたことはありますか?

私にとって音は、出来事ではなく「世界の見え方」が変わる瞬間そのものです。

今日取り上げる、
Akihito Kimura (木村哲人) End To Begin -version pop- は、前回紹介したオーケストラ版の「静かなる祈り」と同じ魂を持ちながら、より躍動的な生命感と、現代的なエッジを纏った原点となる「確信に満ちた歩動」のような楽曲です。

クラシック編成で見せた「旋律のうねり」に対し、このオリジナル版はどのような骨格を持っているのか。データを紐解くと、そこには「歩動」としてのリズムと、煌びやかな音の粒子が描き出す、もう一つの「始まり」の姿がありました。

以下では、本楽曲の音量構造・スペクトル特徴を、オーケストラ版との比較を交えながら解説していきます。

ダイナミクス構造 – 鼓動するリズム、確信に満ちたエネルギー設計

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RMS – ハーモニック成分とパーカッシブ成分(dB)
  • 橙:RMS_Harmonic_Mean:0.1850 dB
    (オーケストラ版:0.1526 dB)
  • 青:RMS_Percussive_Mean:0.0593 dB(オーケストラ版:0.0177 dB)
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RMS – 全体の音量(dB)
  • RMS_All_Mean:0.1257 dB
    (オーケストラ版:0.0984 dB)

最大の特徴は、パーカッシブ成分の圧倒的な厚みです。オーケストラ版の約3.3倍に達するこの数値は、楽曲が「旋律」だけでなく、明確な「ビート」によって駆動していることを示しています。全体の音量も底上げされており、より前向きで、聴き手の背中を押すようなポップスとしての力強さが宿っています。

RMS(Std:変動)が示す「一貫した意志」

  • RMS_All_Std:0.0818 dB

全体の音量変動(Std)はオーケストラ版(0.0815 dB)とほぼ同等です。編成は違えど、静かな導入から高揚感溢れるクライマックスへと向かう「ドラマの曲線」は、一貫した設計図に基づいていることが分かります。


スペクトル特徴 – 都会的な煌めきと、研ぎ澄まされたエッジ

音色の質感を左右するデータには、オーケストラ版の「透明感」とは異なる、「色彩の鮮やかさ」が表れています。

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中心性(Hz)
  • Centroid Mean:1954.1 Hz
    (オーケストラ版:1673.7 Hz)

音響重心が2000Hz近くまで上昇しています。これはシンセサイザーや現代的な楽器群が持つ、煌びやかでヌケの良い高域が、楽曲の「明るさ」を一段と引き立てている証拠です。

ケルト的セクション – 風が通り抜ける瞬間

楽曲の途中で現れるケルト的な響きのセクションでは、スペクトル重心が下がり、高域の人工的な輝きが後退します。代わりに中域の倍音が前に出て、音は「光」から「風」へと質感を変えます。

前進の物語の中で、一度だけ地平線を見渡すような、呼吸が広がる瞬間のようです。

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帯域の幅(Hz)
  • Bandwidth Mean:2079.9 Hz
    (オーケストラ版:1712.9 Hz)

オーケストラ版よりも広い帯域をカバーしています。低域から高域まで、現代的なレンジの広さを活かした、密度感のあるサウンドデザインと言えます。

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ゼロを交差
  • Zero Crossing Rate (ZCR) Mean:0.1119(オーケストラ版:0.0826)

オーケストラ版よりも高い数値です。これはパーカッシブなアタックや、エッジの効いた音色が多用されていることを示し、音が「線」だけでなく、一つひとつ独立した「点(粒子)」としても機能していることを物語っています。

ハードロック的ブレイク – 放射

中盤に差し込まれるハードロック的ブレイクでは、パーカッシブRMSとZCRが一時的に跳ね上がり、音は滑らかな粒子から、火花が散るような密度へと変貌します。これは感情の昂りというより、「内的世界の放射」に近いエネルギーです。内側の衝動が露出する瞬間とも言えます。

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高域の減衰点(Hz)
  • Spectral Rolloff:4,284 Hz
    (オーケストラ版:3,418 Hz)

オーケストラ版よりも約800Hz以上高い4,284Hzまでエネルギーが詰まっています。これは現代的なミキシングによる高域の煌びやかさ(シンセやハイハットの伸び)を反映しています。

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音の明暗の対比

また、Spectral_Contrast_Mean_1などを見ると、低域のコントラストがしっかり確保されています。これが「エッジの効いた音色の正体」であり、ボヤけない強さの根源と言えるでしょう。


MFCC & Chroma 解析 – 揺るぎない作家性と、テクスチャの密度

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音の質感

MFCC – 音色テクスチャの「確かな手触り」

音の質感を捉えるMFCCの第一係数Stdは137.9。驚くべきことに、これはオーケストラ版と全く同じ数値です。楽器が変わっても、音の密度をドラマチックに変化させ、聴き手の感情を揺さぶる「テクスチャの操り方」は、私の作曲家としての指紋のように刻まれています。

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12音の分布

Chroma(和声)解析 – 境界線を溶かす「響き」への意識

12音の分布を見ると、やはり特定の音に偏りすぎず、全方位に豊かなエネルギーが分散しています(Mean 0.077 ~ 0.091)。ポップスという枠組みでありながら、単純な三和音に留まらない、倍音までをも計算に入れた「響きのグラデーション」を大切にする耳が、この曲を唯一無二の存在にしています。

無重力のクワイヤ – 世界が溶ける前触れ

サビ直前に現れる調性から逸脱したクワイヤは、Chroma分布の拡散として明確に捉えられます。和声の重心が一度宙に浮き、楽曲は一瞬だけ地面を失いかけます。

それは迷いなどではなく、次の光へ跳ぶための無重力状態とも言えます。

直後に訪れるサビの解放感は、この「一度世界が溶けた瞬間」があるからこそ生まれているのかもしれません。


歩動から躍動へ、分かちがたい二つの真実

すべてのデータを統合すると、「End To Begin -version pop-」の輪郭がより鮮明になります。

  1. 確かな推進力を生むビート構造
    Percussive成分の増強
  2. 現代的でレンジの広い色彩感覚
    高いCentroidとBandwidth
  3. 一貫したドラマチックな動態設計
    共通するRMS変動とMFCC特性

オーケストラ版が「内省と昇華」であるなら、このPop版は「解放と邁進」です。データが示す高いエネルギーと煌びやかなスペクトルは、私たちが日常の中で感じる「一歩を踏み出す勇気」を、物理的な音の粒子へと変換した結果なのかもしれません。

そして、この楽曲の面白さは、ポップ、ケルト、メタル、現代音楽的クワイヤといったジャンルを横断していることではありません。音の物理状態が変化するたびに、主人公の「存在のモード」そのものが切り替わっていることにあります。それでも決して「別の曲の連続」にならないのは、表層の様式ではなく、音程設計と音響質感という深層のDNAが一貫しているからです。これはDJミックスのような場面転換ではなく、同じ空の下で空気の密度だけが変わっていく体験に近いのかもしれません。

形を変えても、色を変えても、中心にあるのは、足し算でも引き算でもない世界。これら二つのバージョンを並べて聴く(視る)ことで、物語の全貌を照らし出せるでしょう。


あとがき
本シリーズの図版は、すべてTensorBoard上で可視化した特徴量のログからキャプチャしたものです。

作曲中は感覚で触っていた音が、後からグラフとして現れるのを見ると、「ああ、自分はここで世界の明るさを変えていたのか」と妙に腑に落ちる瞬間があります。それは答え合わせというより、自分の耳の軌跡を後から辿る感覚に近いのです。

さて、この作品の「タイトルが不自然ではないか?」と指摘されることが何度かありました。確かに英語には 「not (also) A but B」という対比の構文があります(高校生で習うと思います)が、意味の重心は常にbut節(句)に置かれます。

ですが、この楽曲のタイトルとして選んだのは「End To Begin」です。ここでの「To」は対立ではなく接続を意味し、断絶や否定ではなく連続やありのままというニュアンスを込めています。

「表現形態が変わっても、根底にある魂は繋がっている」という私の人生観と重なり合うのかもしれません。

終わりは消えるのではなく、形を変えて次の始まりに触れているだけなのかもしれません。

メビウスの時の先で。