先日、最近の日本は「春夏秋冬」ではなく「夏夏夏冬」という記事を見て「それな」と思いました。割符を合わせるような妙を得た表現だなと。笑
まだ5月ですが、日中は少し汗ばむような気温が高い日が続きますよね。コンビニのアイスコーヒーに手が伸びるようになってきました。
他方、朝晩は涼しく、(偶に)電気カーペットをオンにする日もあります。足元からほんのり暖かくなると副交感神経の働きが優位になるのか、とてもリラックスできます。
この「1日の中に二つの季節が同居している」という奇妙なグラデーションが、かろうじて「春」という移り気な季節を感じさせてくれます。
さて、近年私たちがニュースなどで目にする地球温暖化に関する情報は、二酸化炭素排出量を中心に語られることが多いですよね。
もちろん、それは重要な要素の一つなのでしょうが、地球の気候のような超巨大システムは、太陽活動、地磁気、海洋変動、そして人間活動など、無数の変数が複雑に絡み合う「多変量」の世界でもあります。
単一の要因だけで説明しようとする「ゼロ百」ではなく、相反するように見えるデータ(寒冷化のエビデンス)が同時に存在することから、それらも併せて考えるべきなのではないかなと思ったりしています。
地球という生命体は常にダイナミックで、時に一見矛盾するような動き(暖まりながら冷える)をしながら、全体としてバランスを取っているのかもしれません。人間は「不変」や「規則正しさ」を求めがちですからね。
四季が綺麗に巡っていた時代を「完璧に調律された音楽」とするなら、現代の「夏夏夏冬」は、予測不能なモジュレーション(転調)が繰り返されるノイズ・ミュージックやアンビエントのようなものなのかもしれません。
不安定で、ときに居心地が悪いけれど、その揺らぎの中にも、確かに今という時代の「響き」がある気がします。
Akihito Kimura